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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)3734号 判決

原告 宇賀徳司

右訴訟代理人弁護士 中田眞之助

同 守田和正

被告 酒井洋

〈ほか四名〉

右被告五名訴訟代理人弁護士 大石德男

主文

一  原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和五七年一〇月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

次の事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 発生日時 昭和五七年一〇月二一日午後二時三〇分頃

(二) 発生場所 千葉県松戸市主水新田

(三) 態様 訴外野口清が操縦し、原告が同乗する自家用航空機(パイパー式PA―32―300型JA3598。以下「本件航空機」という。)が飛行中エンジンを停止し、江戸川河川敷に墜落してコンクリートブロックに激突した。

(四) 結果 原告は負傷し、訴外野口清(以下「訴外亡野口」という。)は即死した。

2  責任原因

(一) 訴外亡野口は、本件航空機を操縦して飛行中、燃料タンクの切換えを失念してエンジンを停止させ、エンジンの再始動に適切を欠いたため、エンジンを再始動させることができなかった。本件事故は、同人の右重大な過失によって発生したものである。

(二) 被告ら及び訴外亡野口の六名は、本件事故当時、本件航空機の共同所有とその継続的利用を目的として、COCと称する団体(以下「COC」という。)を組織していた。そして、以下の各事情からみて、COCは民法上の組合にあたる。

(1) 右COCでは、会則が定められており、その会則には、会員数、総会の権限、会の業務内容及び会員の権利・義務等について詳細な規定がある。

(2) 会員数が六名と少人数であり、新会員の加入は欠員が生じた場合に全員一致の承認でされ、退会も一定の要件のもとで総会の許可を要するなど、会員の個性が重視されている。

(3) 本件航空機について、会員による共有持分の分割・処分が許されていない。

(4) COCの主要な業務である運航業務の執行は各組合員がそれぞれ行うことができる。

(三) 本件事故は、COCの組合員である訴外亡野口がCOCの運航業務の執行として本件航空機を操縦中(一)記載の過失によって発生したものであるから、COCの組合員である被告らは、本件事故による後記原告の損害につき、共同使用者として民法七一五条により、連帯してその全額を賠償する責任を負う。

3  原告の受傷内容、診療経過及び後遺障害

(一) 受傷内容

原告は、本件事故により全身打撲、頭蓋骨々折、腹腔内出血、左大腿骨々折、左尺骨々折の傷害を負った。

(二) 診療経過

原告は、右傷害につき次のとおり新松戸中央病院に入・通院して診療を受けた。

(1) 入院 昭和五七年一〇月二一日から同年一二月二七日まで六八日間

(2) 通院 昭和五七年一二月二八日から昭和五九年九月一七日までの間に実日数一七日

(三) 後遺障害

原告は、併合して自動車損害賠償保障法施行令二条の別表等級(以下「自賠等級」という。)九級に該当する次の(1)、(2)の後遺障害を負った。

(1) 右下肢を二センチメートル以上短縮。自賠等級一〇級八号に相当。

(2) 外貌に著しい醜状を残す。自賠等級一二級一三号に該当。

4  原告の損害 合計金四九四七万七〇九〇円

(一) 付添看護費 金二五万一六〇〇円

原告の妻が付添看護した原告の前記入院期間六八日につき一日金三七〇〇円の割合で計算した看護費

(二) 入院雑費 金六万八〇〇〇円

原告の右入院期間につき一日金一〇〇〇円の割合で計算した雑費

(三) 休業損害 金二〇四万二六〇四円

原告は、本件事故当時運送業を営む訴外首都圏運輸株式会社の代表取締役として純手取額で一か月につき金五一万〇六五一円の役員報酬を得ていたが、本件事故により昭和五七年一二月から昭和五八年三月まで就業できなかったため、右四か月間の役員報酬合計金二〇四万二六〇四円が支給されず同額の損害を被った。

(四) 後遺障害による逸失利益 金三九六一万四八八六円

原告は、昭和一七年一月一日生の男性であり、今後二五年間は稼働可能であるところ、前記後遺障害により右の二五年間を通じて三五パーセントの労働能力を喪失した。その間の原告の逸失利益を原告の昭和五七年当時の純年収額金八〇三万〇七五〇円を基礎としてライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して現価に引き直して計算すると金三九六一万四八八六円となる。

(五) 慰藉料 計金五五〇万円

(1) 入・通院分 金一〇〇万円

(2) 後遺障害分 金四五〇万円

(六) 弁護士費用 金二〇〇万円

原告は、被告らが原告の損害賠償請求を拒絶するので、本件訴訟の提起、追行を原告訴訟代理人に委任することを余儀なくされたが、本件事故による原告の損害となる弁護士費用の額としては右金額が相当である。

5  損害の填補 金一七七万五一〇六円

原告は、本件事故による損害につき社会保険事務所から昭和五七年一〇月二一日から昭和五八年四月三〇日までの傷病手当金として金一七七万五一〇六円の支給を受けた。

6  よって、原告は、被告らに対し、本件事故による損害賠償として、各自4項の合計金額から5項の金額を控除した金四七七〇万一九八四円のうち金二〇〇〇万円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五七年一〇月二一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実について

(一)は知らない。

(二)のうち、被告ら及び訴外亡野口が本件航空機の購入と共同所有を目的としてCOCを設立したことは認めるが、COCが民法上の組合にあたるとの点は知らない。

(三)は否認する。

被告ら及び訴外亡野口がCOCを設立したのは、各人が単独で航空機を購入・維持することが資金面からみて不可能であるため、共同して購入・所有することで各人の負担を軽減しようとの理由による。本件航空機の運航は、各会員のいわばレジャーとして各人の責任で行われていたものであって、COCの業務には属しない。

3  同3の事実のうち、(一)は認める。(二)、(三)は知らない。

4  同4及び同5の事実は知らない。

5  同6は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  被告らの責任について

1  まず、COCが民法上の組合にあたるか否かについて検討する。

(一)  被告ら及び訴外亡野口がCOCを設立したことは、当事者間に争いがなく、COCが少なくとも本件航空機の購入と共同所有を目的としていたことは被告らの認めるところである。

《証拠省略》を総合すれば、次の各事実が認められ、これに反する証拠はない。

(1) 被告ら(被告鈴木を除く。)及び訴外亡野口は、昭和五三年四月、本件航空機の購入代金一二五〇万円を共同で出資してCOCを結成し、同年八月、被告鈴木が入会金二五〇万円を支払い加入したうえ、昭和五四年六月、会則が作成された。右会員六名は、本件航空機の共有者として登録された。

(2) COCの会員の持分は譲渡ができないとされ、被告鈴木の加入以降、会員数は六名のまま変動がなかった。会則には、会員数を六名に限ること、入会は欠員が生じた場合に全員一致で決定されること、退会にも一定の要件を要することなどが規定されていた。

(3) 本件航空機の整備及び日常の管理は、被告道坂ないしCOC名義で、整備会社の訴外日本エアロテック株式会社(以下「訴外会社」という。)に委託され、訴外会社の社員竹田がその担当となっていた。

本件航空機の維持に要する費用のうち、耐空検査等の検査の費用、保険料、修理費用など飛行の有無を問わず必要となる費用は、固定費用として各会員が均等に負担し、月ごとに埼玉銀行新宿支店にあるCOCの普通預金口座に振り込まれていた。他方、燃料費・定期検査(五〇時間、一〇〇時間チェックなどがある。)の費用など航空時間に応じ増加する費用は、訴外会社から(あるいは訴外会社を介し)COC道坂名義あてに請求され、被告道坂はこれを各会員の飛行時間に応じて按分したうえで、COC名義で各会員に請求していた。

(4) 各会員は、食事会という自由な形式ではあるが、毎月一・二回程度集まり、航空機全般あるいは飛行に関する情報交換を行うとともに、本件航空機の費用に関する問題などを話し合っていた。

(二)  右認定の事実によれば、被告ら及び訴外亡野口は単に本件航空機の共有者であるにとどまらず、本件航空機の購入・維持を目的とした範囲で共同の事業を営むために各自が出資して、COCという民法上の組合を結成していたと解するのが相当である。

2  そこで、すすんでCOCの各会員による本件航空機の利用がCOCの業務の範囲内といえるか否かについて検討する。

(一)  《証拠省略》によれば、COCの会則中には、第五章(運営)の1項に業務として総務、会計、渉外、運航、整備の五つが明記されており、第七章(事故)の7項には「事故に関する公私の判別は総会で決定する」との規定があり、また同5項には事故費用について「五〇万円以上で尚保険金で不足する時はその不足金額の三パーセントを事故当事者、残額を他の会員全員で均等分担とする」との規定があることが認められる。

そして、右会則の規定の文言自体からは、会員による本件航空機の利用は全て右規定の「運航」としてCOCの業務に含まれるものと解釈しうる余地があり、また、会員によるCOCとしての公の飛行が予定され、事故費用を会員全員で負担する場合があることが予定されているようにも解される。

(二)  しかしながら、本件航空機の現実の利用状況を検討するに、《証拠省略》を総合すれば、COC会員が本件航空機を利用する場合には、各人が直接訴外会社の竹田に連絡して搭乗の手続をとっており、同一時刻に利用の申込みが重複した場合には、会員相互で話し合いによる調整はするものの、COCとしては、いつ、誰が、本件航空機を利用しているかについて把握していなかったし、COCが各会員の利用について関与することはなかったこと、会則にも「運航に関しては竹田に予約等の連絡をし、同時刻にフライトが重複したときは当事者間で調整すること」と定められていること、空港事務所等に提出する飛行プランは各自が機長として作成して個々に提出していたこと、COCの会員が本件航空機に搭乗して奉仕活動に従事していたことはあるが、その活動にCOCの全員が参加していたわけではなく、この奉仕活動もCOCの行事とはいえないことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定の事実によれば、COCの会員は、専ら個人として本件航空機をそれぞれの目的と計画に従って利用していたものにすぎないのであって、COCはその利用に何ら関与していないといわざるをえず、右COCの会員の本件航空機の利用をもって前記会則が業務の一つとして規定している「運航」に該当するものと解することは、現実の利用状況には合致しないものであって、相当でない。

(三)  そして、会則中の前記各条項について、被告道坂は、第五章1項の「運航」とは、「運営」即ち訴外会社との連絡などの趣旨であること、第七章5項の規定は、機長に違法行為がなく、事故費用が過大である場合に会員が相互に援助する趣旨であること、同7項の「公私」にいう「公」とは、事故が不可抗力により生じた場合であることを供述しているところ、この供述の趣旨は必ずしも明確ではなく、またその説明は会則の文言自体には反している点があることも否定し難いのであるが、会則の作成経緯について検討するに、《証拠省略》を総合すれば、COCは仕事仲間・友人のうち、航空機を趣味とする者たちの同好会というべき集まりであって、その会則の作成に際しては内容・用語について十分な検討を経たものではなく、したがって、会則の各条項間で重複・矛盾等が見受けられること、現実の会の運営は必ずしも会則に基づいて行われたものではないことが認められ、右認定に反する証拠はない。

そうだとすれば、前記被告道坂の供述が明確さを欠いているとしても不自然ではないし、前記会則がCOCの業務の一つとして「運航」について規定しているからといって、右文言から直ちに前記各会員による本件航空機の利用をCOCの業務の範囲内と解釈しなければならないものでもない。

(四)  そして、他にCOCの会員による本件航空機の利用がCOCの業務であることを認めるに足りる証拠はない。

3  本件事故が発生した際のCOCの会員である訴外亡野口による本件航空機の利用が前記各会員による利用の態様と異なるものではなかったことは、《証拠省略》により明らかである。

したがって、右2の検討に照らせば、本件事故については訴外亡野口がCOCの「事業の執行に付き」原告に損害を加えたものと認めることはできないから、原告が請求原因2の(三)で主張する被告らの原告に対する損害賠償責任を肯定することはできない。

なお、原告本人の供述中には、原告は、本件事故以前にも訴外亡野口の操縦する本件航空機に同乗したことがあり、その際同人に対し一時間あたり三万五〇〇〇円の金員を支払ったこと、同人から右金員をCOCの費用に使用するとの説明を受けたこと、今回の飛行に際しても同様に金員の支払を約束したこと等の供述部分があるが、右供述によっても直ちに訴外亡野口がCOCのために非会員から料金を徴収し本件航空機を飛行の用に供していたものとは認められないから、右供述は本件事故の際の本件航空機の利用に関する前記認定を左右するものではない。

三  よって、原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 矢崎秀一 裁判官 氣賀澤耕一 太田晃詳)

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